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名古屋地方裁判所 昭和39年(ワ)3237号 判決

原告 浅田操

被告 名古屋タクシー株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「被告の原告に対する解雇は無効であることを確認する。被告は原告に対し、昭和三九年一一月二一日以降一日金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和三九年一一月四日タクシー営業を営む被告会社にタクシー運転手として雇われたが、同月二一日被告会社から解雇の意思表示を受けた。

二、原告に対する右解雇の意思表示は、次の理由により無効である。

(一)  不当労働行為

原告は、先に訴外金城自動車株式会社に勤務していたが、その当時、同会社の従業員らで組織された労働組合の執行委員として、積極的に組合活動を行つていた。又昭和三六年一月二〇日同労働組合が、同会社を被申立人として愛知県地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をした際、原告は、昭和三六年五月頃、右申立事件の証人として証言するなどし、同労働組合に協力した。ところで、被告会社の解雇は、右のような事実にもとづき、原告を組合活動家とみなし、被告会社から排除しようとしてなされたものである。

(二)  解雇理由不備

被告会社の就業規則第三四条には、

従業員は、次の各号の一に該当するときは解雇する。1停年に達したるとき、2死亡したるとき、3本人の意志により退職を願い出て承認せられたとき、4休職期間が満了しても尚出勤できないとき、5不正の行為又は重大な過失により懲戒解雇せられたとき、6業務上の都合に依るとき、7雇傭期間の定めある場合にして期間満了となりたるとき、8組合から除名されたとき

と規定されている。ところで、被告会社の原告に対する本件解雇の意思表示は、何らの理由もなくなされたもので、右就業規則の要件を具備せず無効である。

(三)  解雇手続違反

被告会社は、本件解雇の意思表示をなすにつき、原告に対し、事前に解雇の予告をなさず、又解雇の意思表示をなすにあたり三〇日間の平均賃金の支払もなさずになしたもので、解雇手続に違反した無効な意思表示である。

三、被告会社は、昭和三九年一一月二一日以後、原告の労務の提供の受領を拒絶し賃金の支払をなさない。ところで、被告会社は、原告に対し、本件解雇に至るまでの間、一日につき金一、〇〇〇円の割合による賃金を支払つているので、原告は被告会社に対し、昭和三九年一一月二一日以降日額金一、〇〇〇円の割合による賃金相当額の金員の支払を請求する権利を有する。

四、よつて、原告は被告会社に対し、被告会社が原告に対してなした解雇が無効であることの確認と、昭和三九年一一月二一日以後日額金一、〇〇〇円の割合による賃金相当額の金員の支払を求めるため、本訴に及んだものである。

第三、被告の答弁

一、請求原因一項の事実中、被告会社が原告を雇用し、その後原告に対し解雇の意思表示をなした事実は認めるが、その月日の点は否認する。被告会社が、原告を採用したのは昭和三九年一一月六日であり、原告に解雇の意思表示をなしたのは同月二〇日である。

二、請求原因二項につき、被告会社の原告に対する解雇の意思表示が無効であるとの主張、(一)の事実及び(二)の事実中理由なく解雇の意思表示をなしたとの事実はいづれも争う。

三、請求原因三項は争う。

第四、被告の主張

一、被告会社は、採用後三ケ月間は試用期間とし、その間に、原告の過去及び現在の勤務状態、性格、その他の事項を調査検討し、被告会社の内規に基いて、被告会社の従業員として適格者と認めた場合に本採用とすることとして、原告を雇用したものである。その結果次の理由により、被告会社の従業員として不適格と認め解雇したものであり、本件解雇は有効である。

(一)  被告会社は、昭和三九年一一月六日誓約書、家族調書(健康保険組合)、家族表を原告に手交し、必要事項を記入の上三日以内に被告会社へ提出するよう求めた。しかし原告はこれらの書類の提出を拒絶した。

(二)  原告には、次のごとき犯歴があることが判明した。

(イ) 昭和二四年一二月一六日収賄罪により名古屋地方検察庁にて起訴猶予処分

(ロ) 昭和二五年五月八日恐喝罪により昭和警察署にて取調べられた後起訴中止処分

(ハ) 昭和三〇年一〇月一五日業務上横領罪により西警察署にて取調べられた後不起訴処分

(三)  原告は、以前金城自動車株式会社に勤務していた当時、メーターを倒さず乗客を乗せて走行する不正行為をなした事実が判明した。

二、右解雇の意思表示が無効であるとしても、原告は、昭和三九年一一月二一日被告会社に対し賃金支払の請求をなしたので、被告会社は、同日原告に対し、同月六日より同月一九日迄の賃金合計金一四、〇〇〇円の支払をなし、原告はこれを異議なく受領した。被告会社の賃金規則によれば、通常の賃金は毎月二八日に支払う。従業員が退職した場合は、本人の請求により七日以内に支払う旨規定されており、前記賃金の支払は右規定に基いてなされたものであり、従つて原告は昭和三九年一一月二〇日限り被告会社を任意退職したものである。

第五、被告の主張に対する原告の認否

一、一項につき、(二)(イ)の事実は認めるが他の事実は全て否認する。(一)の事実については、原告は、被告会社社員河村錆治から一切の書類につき提出の必要なき旨聞いていたところ、昭和三九年一一月一一日同人から家族表及び家族調書の提出を求められ、同日その用紙に必要事項記入の上同人に提出した。

又被告は、一項(一)(二)(三)各記載の事実が本件解雇の理由であると主張している。しかし、被告会社は昭和三九年一一月二一日に原告に解雇の意思表示をなした際は勿論、それ以後本訴に至るまでの間、原告の請求にもかかわらず、何ら解雇の具体的理由を原告に対し示さなかつた。この事実からして前記各事実が本件解雇の理由であるとの主張は認められない。

二、二項の事実については、原告が金一四、〇〇〇円を受領したこと、賃金規則に被告主張の如く定められていることは認めるが、他の主張は争う。

第六、証拠〈省略〉

理由

第一、一、原告が、被告会社に雇用され、その後被告会社から解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争はない。

二、成立に争のない甲第二号証、第三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、被告会社のタクシー運転手募集公告により応募し、昭和三九年一一月二日(以下日のみの場合は全て昭和三九年一一月を意味する)被告会社にて面接を受けた。被告会社は、四日原告に対して、「前略、先日は当社へ入社希望のため来社され、履歴書を提出され、又面接の結果色々と検討を致しました処、採用と決定致しましたので御通知致します。なお初日出勤の場合には九時三〇分までに出社する様に願います。」との記載されたいわゆる採用通知を発送した。原告は右通知を受け取り、六日に被告会社へ初出勤し同日より勤務していたものであることが認められ右認定に反する証拠はない。右認定の採用されるに至つた経過及び採用通知の内容等から判断し、原告と被告会社間に、四日に初出勤の日から採用する旨の雇用契約が成立し、原告は、被告会社に六日から採用されたものと認めるのが相当である。

三、成立に争のない甲第一号証第七号証及び証人河村錆治の証言によれば、被告会社は二〇日朝原告が被告会社へ出勤した際、被告会社の庶務係長訴外河村錆治を通じ、原告に対し解雇の意思表示をなしたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、たやすく措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

第二、原告本人尋問の結果及び、それにより真正に成立したものと認められる甲第一一号証、第一二号証によれば、原告は、昭和三〇年九月頃から昭和三五年一二月一五日までの間、訴外金城自動車株式会社にタクシー運転手として勤務していた。その間である昭和三五年五月頃から同年一二月一五日までの間、同訴外会社の従業員らで組織された訴外一城労働組合の書記長として組合活動を行つていた。昭和三六年一月二〇日同訴外労働組合は、同訴外会社を被申立人として、同訴外会社の原告に対する解雇に関し、愛知県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかし、原告が、右申立事件の証人として証言をなしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。ところで、本件全証拠によるも、被告会社が、右認定の事実を理由に原告を解雇したとの事実は認められない。従つて、本件解雇の意思表示は、不当労働行為として無効であるとの原告の主張は理由がない。

第三、一、成立に争のない甲第四号証によれば、原告会社の就業規則第三三条には、

雇い入れに当り雇傭する場合三ケ月間を見習として試傭しその結果採用するものとする。

旨規定されていることが認められ、右事実及び証人河村錆治の証言を総合すれば、被告会社は、従業員を採用する際には、全て三ケ月間の試用期間をもうけ、その上で本採用をする制度をとつていることが認められる。又、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、六日初めて被告会社へ出勤した際、被告会社庶務係長河村錆治に対し、就業規則の提示を求め、それを受け取り、写し取つたことが認められ、従つてその際に、前記試用に関する就業規則第三三条の規定を知つたものと認められる。

以上の事実及び証人河村錆治の証言を総合して判断すれば原告は、前記就業規則第三三条の規定に基く試用者として、被告会社に雇用されたものと認められる。以上各認定に反する原告本人尋問の結果は、たやすく措信できず、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。

前記就業規則第三三条の規定に基き検討すれば、被告会社の行う試採用は、当初三ケ月の試用期間内に、本採用を妨げるような合理的理由のない限り本採用の決定がなされることを条件とする旨の特約ある雇用契約と解せられ、試用期間を設ける趣旨は、その間に現実に稼動させ、被用者の能力、人格、その他従業員としての適格性につき調査せんとすることにあるものと解する。従つて試用期間中は、就業規則上の制限なしに解雇することができる大巾な解雇権が留保されているものと解する。

二、そこで原告主張の請求原因二項(二)、(三)について判断する。

(一)  請求原因二項(二)については、原告の主張は、被告会社の解雇に関する就業規則第三四条の適用を前提とするものであるところ、前記一の認定事由に照らし、理由がない。

(二)  請求原因二項(三)については、先に認定した如く、原告は六日から採用され、二〇日朝出勤した際解雇の意思表示を受けたものであり、右事実及び成立に争のない甲第七号証を総合判断すれば、原告が被告会社において現実に稼動した日数は、公休日一日を除いた一三日と認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。又先に認定した如く、原告は試用期間中の地位にあつた。従つて、被告会社が原告に対して解雇の意思表示をなすにつき、事前に解雇の予告をなさず、又三〇日分の平均賃金の支払をなさなかつたとしても、労働基準法第二一条の規定に照しそれが違法ないしは無効とはならず、従つて原告の主張は理由がない。

三、被告会社の解雇理由につき判断する。

被告主張の一項(一)について、成立に争のない乙第一号証の二及び三、証人河村錆治の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一及び四、並びに証人河村錆治の証言によれば、被告会社は、六日河村庶務係長を通じ、原告に対し、誓約書、家族調書(健康保険組合)、家族表及び入社志願票の所定の用紙を交付し、必要事項記入の上右書類の提出を求めたこと、原告はこれらの書類を被告会社に提出しなかつたこと、誓約書は、同時に身元保証書をも兼ねており、入社志願票は、訴外名古屋鉄道株式会社への入社志願票であり、家族調書は、同訴外会社の健康保険組合に加入するための必要書類であること、被告会社は設立後日数浅く、且その資本の半額は、同訴外会社の出資によるものであることから被告会社の従業員は全て、同時に同訴外会社の非常勤嘱託として採用され、それに基き、被告会社は、同訴外会社から従業員の福利等につき援助を受けていること、被告会社の原告に対する解雇の意思表示は、原告が前記各書類を被告会社に提出しなかつたことを理由になされたこと等が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。これらのことから判断すれば、前各書類は、被告会社が従業員を採用するについて必要な書類であり、右各書類が提出されない場合被告会社と従業員との雇用関係につき重大な支障をきたすものと認められる。ところで被告は、被告会社の内規に基き被告会社の従業員として適格者と認めた場合に本採用とする旨主張している。従つて試用期間中の解雇も、右内規に基き被告会社従業員としての適格者と認められない場合になされるものと推認されるところ本件全証拠によるも右内規の内容ないしは存在する事実を認めることができない。しかし本件解雇の意思表示は、前記認定の如く原告と被告会社の雇用関係に重大な支障をきたすものと認められる理由に基いてなされたものであることから、本件解雇は理由があり、他に本件解雇が解雇権の乱用であることを認めるに足りる証拠はない。

第四、従つて本件解雇が無効であるとの原告の主張は理由がなくよつて本件解雇の無効確認及びそれを前提とする賃金の支払を求める本訴請求はいずれも理由がなくこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田正武 浅野達男 寺崎次郎)

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